【感想】西洋絵画鑑賞を学べる展覧会『珠玉の東京富士美術館コレクション』展

西洋絵画鑑賞を学べる展覧会『珠玉の東京富士美術館コレクション』展 美術館・博物館

実物を鑑賞しながら西洋絵画の常識やルールも学べる展覧会

美術作品を鑑賞すると、作品の持つ有無を言わせぬ「すごさ」を感じることができます。
その一方で、「ルール」や「暗黙の了解」などが理解できると、更に楽しいのだろうなと思いがあったので、絵画鑑賞に関する本も読みました。

絵画鑑賞の本を読んだその時は、「わかったつもり」になります。

しかし、その記憶は忘却の彼方へ消え去り、「もやもや感」だけが残ります。
近代以前の伝統的な西洋絵画に対しては、特にそのような気持ちがありました。

そのような悩みを解決するために、実物の西洋絵画を楽しみながら、鑑賞に役立つ知識も学べる「一石二鳥」の展覧会が開催されています。

「鑑賞のポイント」という切り口で展示する特別展

それは、東京富士美術館が所蔵する名品83点を「鑑賞のポイント」という切り口で展示する企画展・特別展です。

この企画展・特別展は、2019年9月から2021年1月にかけて、山口県、茨城県、富山県、大分県、宮崎県、沖縄県の6ヶ所で開催される巡回展です。

そこでわたくしは、敷居が高く感じている「オールドマスター」とよばれる近代以前のヨーロッパ絵画がさらに楽しめるようになりたいという期待を胸に、2つめの巡回展の会場である茨城県立近代美術館を訪れました。

この記事では、特別展「名画を読み解く―珠玉の東京富士美術館コレクション」(開催館によって異なる名称がついていることがあります。)を鑑賞した愛好家として、主観的な感想を記していきます。

西洋絵画400年の名画を読み解く美の旅へ

この特別展のポイントは2つあります。

1つめは、日本の美術館で観ることができる機会が少ない「オールドマスター」とよばれる近代以前のヨーロッパ絵画の巨匠たちの作品が多く出品されていることです。

2つめは、「オールドマスター」を中心に、19世紀から20世紀までの近代絵画までの名品を、「鑑賞のポイント」という切り口で展示していることです。

「名画を読み解く」をテーマにしたこの特別展では、まずルネサンス以来、近代以前の西洋絵画には、「格付け」があることを教えてくれます。

「歴史画」を最上位にし、「肖像画」「風俗画」「風景画」「静物画」の順番で格付けがされます。

第1部では、格付けされたルールに基づいて「歴史画」「肖像画」「風俗画」「風景画」「静物画」に分類して展示されています。

第2部では、かつてのルールを超えていく19世紀以降の近現代の絵画が展示されています。

大画面で迫る「歴史画」

最初のセクションは、「歴史画」です。大画面と壮大さに圧倒されます。
「歴史画」が最高ランクに格付けされる理由について、解説パネルにこのような興味深いことが書いてありました。

  • 歴史画には、他の絵画ジャンルに必要なものが全て含まれている
  • 歴史画を描くためには、背景となる歴史や宗教などの幅広い教養が求められる。

歴史画は「オールラウンド」だという価値観が、最高ランクに格付けされたということなのですね。

作例として、古代ギリシャ神話や歴史上の出来事を描いた作品が紹介されています。

私が気になった作品は、次の2点です。

  • ベルナルド・ストロッツィ《アブドロミノに奪われた王位を返還するアレクサンドロス大王》
  • アールト・デ・ヘルダー《ダヴィデ王を諫めるナタン》

1点めのストロッツィの作品は、アレクサンドロス大王のストーリーが描かれています。
2点めのヘルダーの作品は、『旧約聖書』の主題が描かれています。

まるで描かれている人が今にも動き出しそうだったり、肌の質感の表現力に目を奪われます。
「人としての在り方」が問われているような気がします。

「あるべき姿」の制約条件を超えた「肖像画」

「肖像画」は、時代が下るにつれ、支配者層から貴族、裕福な一般の人が所有するようになり、社会的地位の高さと成功のシンボルになります。

私が気になった作品は、次の2点です。

  • アントニー・ヴァン・ダイク《ベッドフォード伯爵夫人 アン・カーの肖像》
  • ジャン=マルク・ナティエ《フェルテ=アンボー侯爵夫人》

1点めのダイクの作品は、チラシや看板に使われています。会場に入って最初に展示されていたのがこちらの作品です。暗い背景に描かれた人物から衣服、小道具に至るまで、重厚で繊細な表現が印象的です。

2点目のナティエの作品は、こちらは背景が明るく、ふんわり柔らかい雰囲気です。

「あるべき姿」を描き出すことを要求された宮廷画家が、限られた条件で「実在するモデル」を超えた姿を生み出した画家たちの観察力の鋭さも知ることができます。

身近な題材になってきた「風俗画」

「風俗画」は市民階級の発展により、現実的な題材が好まれるようになり、画面も一般家庭に収まるサイズに小型化していく様子がわかります。

現実世界のありのままだけでなく、道徳や教訓といった「社会のあるべき姿」もテーマとして扱われていきます。

道徳という観点で印象に残った作品は、ピエール・ベルゲーニュの《田園の奏楽》です。
シニアの男が若い娘をかまっているのを、(その妻だと思われる)シニアの女に怒られているような場面が描かれています。

もう1つの気になった作品は、ジョシュア・レノルズの《少女と犬》です。
田園風景を背景に、女の子が犬を抱きしめている構図が印象的です。

歴史画からの独立を果たした「風景画」と「静物画」

歴史画では「背景」に過ぎなかった「風景画」や「静物画」が、「主役」として取り扱われる様子がわかります。

その時期がオランダの全盛期である17世紀から18世紀と重なるのが興味深いです。
「風俗画」に続き、さらに親しみやすい題材の人気が高まってくる様子がうかがえます。

「風景画」で気になった作品の1つは、
カナレット(ジョヴァンニ・アントーニオ・カナール) の《ヴェネツィア、サン・マルコ広場》です。
遠近法と緻密さがまるで写真のようです。青とオレンジのコントラストが印象的です。

「静物画」で気になった作品の1つは、コルネリス・ファン・スペンドンクの《花と果物のある静物》です。

かっちりとした作品が多い中、柔らかい表現が印象的でした。

「ルール」から解き放たれた近代絵画の名品

第2部は、19世紀以降の近代絵画です。
こちらは「ルール」から解き放たれた名品を楽しめます。

この時代になると、ルノワールやモネなどの馴染みが深い画家が登場するので、気持ちが落ち着き、肩の力が抜けているような気がします。

もちろんそれらの作品も素晴らしかったのですが、個人的に気になった作品は、次の2つです。

  • アメデオ・モディリアーニ《ポール・アレクサンドル博士》
  • ジャン=マルク・ナティエ《フェルテ=アンボー侯爵夫人》

モディリアーニの作品は1909年に描かれた初期のものです。この作品のモデルはトレードマークになる長い首やアーモンド型の瞳で描かれておりませんが、細長い顔と構図がその片鱗をうかがわせます。

キスリングの作品は、色彩のコントラストと華やさ、硬さと柔らかさをあわせ持った世界観が印象的に残りました。

まとめ

特別展「名画を読み解く―珠玉の東京富士美術館コレクション」は、めったに鑑賞する機会のなかった「オールドマスター」を中心に「西洋絵画の格付けによる分類」を切り口にした興味深い展示でした。

「オールドマスター」はその素晴らしさを感じるとともに、「堅苦しさ」を感じたり、どこか「他人事」のようにも感じることもあります…

わたくしが今まで、「歴史画」や「肖像画」に感じていた近づきがたい雰囲気は、「正しさ」や「あるべき姿」に窮屈さを感じていたのかもしれません。

オールドマスターの名品が持つ存在感と展示構成の助けを借りて、このようなことも読み解くことができます。
1つめは、「歴史画」や「肖像画」は、発注者の演出のツールという役割も担っていたため、描かれる対象に「あるべき姿」という要素があったことです。
2つめは、それらの背景に過ぎなかった風景やモノが独立した「風景画」や「静物画」というジャンルが成立していく様子です。

オールドマスターの重厚な「肖像画」と「静物画」の作品を鑑賞した後に、近現代の作品が現れるので、無意識レベルでオールドマスターと比較をすることが、近現代の絵画の新たな発見にもつながります。

このように、「オールドマスター」で西洋絵画のルールを体感したうえで、近現代の絵画が「あるべき姿」から解き放たれていく様子を鑑賞することで、さらに学びが深まっていきます。

この特別展で名品を観ることで、頭でっかちだった西洋絵画の常識やルールを体感することができました。

こちらの記事では、これから西洋絵画を学ぶ方が、簡単・効率的に西洋絵画の鑑賞眼を磨くために役立つ本を紹介しています。ぜひご覧ください。

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