この記事では、「没後70年 吉田博展」の感想や楽しみ方についてご紹介していきます。
「没後70年 吉田博展」は、吉田博が49歳から取り組んだ版画作品に焦点を当てた展覧会です。
美しい風景を表現した版画作品を中心に、(前後期合わせて)約400点出品されています。
その中には、代表作の『日本アルプス十二題』や『瀬戸内海集』はもちろん、故ダイアナ妃が執務室に飾っていた《光る海》と《猿澤池》も含まれています。
またこの展覧会は、2021年8月まで全国各地を巡回しています。
2021年6月19日からは、静岡会場に場所を移して開催中です。
静岡市美術館で、吉田博の素晴らしい作品を鑑賞することができます。
ここからは、一般の愛好家として「没後70年 吉田博展」展をどのように楽しんだか、主観的な見どころや感想を中心にお伝えしていきます。
なおこの記事は、東京会場(東京都美術館)の展示をもとに書いておりますが、他の会場で作品をご覧になる方にも参考になると思います。
はじめに
「没後70年 吉田博展」展は、吉田博の画業の後半に制作された版画作品を主題とする展覧会です。
吉田博は「絵の鬼」とも呼ばれ、日本近代美術を代表する画家の一人です。
圧倒的な技術と観察力で制作された木版画は、観る者に驚きを与えます。
吉田博は本格的な登山家でもあり、山と旅を愛したアーティストとしても知られています。
特に風景版画の繊細な表現は、まるで旅先にいるような気持ちになります。
癒やしと感動を与える「没後70年 吉田博展」展は、さまざまな方におすすめできる展覧会です。
山と海を捉えた傑作『日本アルプス十二題』と『瀬戸内海集』
吉田博の木版画作品は、まるで絵画のような繊細さに驚きます。
吉田博の作品の魅力は、洋画家としての表現力と、登山家で旅人としての観察力が源泉です。
版画家としてのキャリア初期に制作された次の作品は必見です。
- 『日本アルプス十二題』
- 『瀬戸内海集』
変化に富む山の一瞬を捉えた『日本アルプス十二題』
『日本アルプス十二題』は、1926(大正15)年に制作された作品です。
その中でも特に《劍山の朝》は、傑作として有名です。
夜明けから日の出までの一瞬を捉えた風景です。
紅く染まる空の繊細なグラデーションと、夜明け前の前景の山肌とテントのコントラストが印象的です。
その他の作品からも、流れる雲や朝夕の光の変化、川や湖の爽やさが表現されています。
登山家でもある吉田博ならではの観察力、記憶力、表現力に驚かされます。
美術館で作品を鑑賞すると、まるで3000メートル級の日本アルプスにいるかのような臨場感と大自然とのつながりを感じることができます。
海面のきらめきと時間の変化を捉えた『瀬戸内海集』
『瀬戸内海集』シリーズは、1926(大正15)年に制作された作品です。
その中でも特に「帆船」は、瀬戸内海に浮かぶ帆船を、同じ版木で6つの時間帯を表現した傑作です。
表現されている6つの時間帯は、朝・午前・午後・霧・夕・夜です。
単に色調を変えているだけではありません。
摺り方を工夫して、帆船の背景や海面に映りこみなどの表現の違いを出しています。
特に《帆船 朝》は、柔らかい光と朝もやの表現が印象的です。
クロード・モネの〈ルーアン大聖堂〉の連作との共通点を感じる作品でもあります。
超絶技巧の大画面と重ね摺り
伝統的な浮世絵の制作は、絵師、彫師、摺師の分業体制です。
版下絵を描く絵師は、版元のチームの一員です。
作品の品質は、版元が抱える彫師、摺師に委ねられます。
理想の作品を追求する吉田博は、自らの版元を立ち上げます。
彫師と摺師も自らの管理下に置き、すべての工程をコントロールできるようになります。
1925(大正14)年以降は、自らの版元から作品を発表しています。
ここでは、次の2点をご紹介していきます。
- 《雲海 鳳凰山》
- 《陽明門》
パノラマのような《雲海 鳳凰山》
吉田博は、大画面の木版画も制作しています。
標準的な木版画が4枚収まる大きさです。
《雲海 鳳凰山》は、1928(昭和3)年に制作された作品です。
大画面を活かしたこの作品は、山頂から望む雲海を表現しています。
臨場感あふれる大自然の雄大さを感じます。
深みのある色合いの《陽明門》
《陽明門》は、日光東照宮陽明門を表現した作品です。
複雑で細かい彫刻の雰囲気を出すために、96回もの摺りを重ねて制作されたそうです。
極彩色というよりは深みのある色彩表現に活かされているようです。
1937(昭和12)年に制作されたこの作品は、円熟味が加わった作風を楽しむことができます。
海外の風景版画
吉田博は、生涯で5回の海外旅行をしております。
日本各地の風景だけでなく、アメリカやヨーロッパ、インドや東南アジア、中国と朝鮮半島を表現したすばらしい作品を残しています。
ここでは、新たな一面が楽しめる『印度と東南アジア』シリーズのうち、通期で鑑賞できる次の2点をご紹介していきます。
- 《フワテプールシクリ》
- 《マデュラの神殿》
吉田博らしいヒマラヤの風景を表現した作品とともに、幻想的なこれらの作品もぜひお楽しみください。
室内の光と影が幻想的な《フワテプールシクリ》
《フワテプールシクリ》では、床面で反射する光と、窓から見える光が巧みに表現されています。
この建物は、北インドにあるイスラム教の影響を色濃く残したかつてのムガール帝国が建設した都市にあります。
1931(昭和6)年に制作されたこの作品は、ゆらゆらとした空気と光の美しさと幻想的な雰囲気が印象的です。
室内の光と影が幻想的な《マデュラの神殿》
《マデュラの神殿》は、南インドのミーナークシ寺院の内部と推測されている作品です。
外からの光に照らされた彫刻の陰影が印象的な作品です。
1931(昭和6)年に制作されたこの作品は、影のグラデーションの細やかな表現によって、幻想的な雰囲気を醸し出しています。
終わりに
「没後70年 吉田博展」展は、日本各地の風景や、アメリカやヨーロッパ、インドなどの海外の風景版画が印象的な展覧会です。
その中で私が印象に残ったのは、山と海を描いた初期の作品でした。
版画家としてキャリアを重ねて、熟練された作品もすばらしいです。
その一方で1920年後半に制作された作品からは、まるで新人アーティストのメジャーデビュー作のような勢いとエネルギーを感じました。
特に『日本アルプス十二題』や『瀬戸内海集』は、必見の作品です。
これらの作品を鑑賞すると、大自然に溶け込むような感覚を覚え、心が穏やかになります。
「没後70年 吉田博展」展は、素晴らしい作品を通じて、自然との一体感をバーチャルで味わうことのできるおすすめの展覧会です。
【関連情報】「新版画」鑑賞のおすすめ本
新版画は、浮世絵の制作技術と西洋絵画の要素が融合された「浮世絵の進化版」ともいえる木版画です。
海外では浮世絵と同様に、新版画も高評価を得ている日本美術です。
特にアメリカを中心に、多くのファンやコレクターがいます。
新版画は日本でも再評価されており、近年人気が高まっています。
展覧会で鑑賞する機会も増えておりますので、こちらの記事もぜひ参考にしてみてください。
この記事が、皆様のお役に立てれば幸いです。