この記事では、千葉市美術館で開催中の企画展「新版画 進化系UKIYO-Eの美」の感想と、楽しみ方の一例、予習・復習に役立つコンテンツについてご紹介していきます。
はじめに
近年、新版画への注目が集まってきており、川瀬巴水や吉田博の作品を中心に各地で展覧会が開催されております。
また、新版画から着想を得ているクリエーターもあらわれており、アニメの背景表現に新版画の要素が取り入れているのを見かけます。
例えば最近ではTVアニメ「平家物語」の美術監督である久保友孝氏もその1人です。
企画展「新版画 進化系UKIYO-Eの美」では、新版画の成立期である20世紀初めから、アメリカを中心に人気が爆発する直前の1920年代までの作品を中心に、次のような構成で新版画が発展していった様子を追体験することができます。
- プロローグ 新版画誕生の背景
- 第1章 新版画、始まる
- 第2章 渡邊版の精華
- 第3章 渡邊庄三郎以外の版元の仕事
- 第4章 私家版の世界
ここからは、一般の愛好家として「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展をどのように楽しんだか、主観的な見どころや感想を中心にお伝えしていきます。
橋口五葉・伊東深水・鳥居言人の美人画
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展には多くの素晴らしい作品が出品されていますが、もっとも印象に残ったのは美人画でした。
その中でも特に印象に残ったのは橋口五葉、伊東深水・鳥居言人の3人です。
40歳で夭折した橋口五葉
1人めは、橋口五葉です。
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展では、橋口五葉の私家版(自ら版元となり出版)の作品がすべて出品されています。
やはり、晩年のこの2つの作品
- 《化粧の女》1918(大正7)年
- 《髪梳ける女》1920(大正9)年
は最大の見所の1つです。
雲母摺からは浮世絵の伝統の継承を感じつつも、女性の写実的な表現、黒髪の繊細さが印象的で、新しい時代の作品であることを感じます。細い輪郭線からは優美さも感じます。
襦袢と白い肌、鏡と指輪の金色のコントラストの《化粧の女》、寒色系の浴衣と黒髪のコントラストの《髪梳ける女》のどちらも魅力的な作品です。
もう1つ印象に残った作品は、《浴後之女》(1920(大正9)年)で、こちらは木版ならではの背中の白い肌と細い描線で表現した輪郭が、繊細で美しさを感じます。
橋口五葉の表現した女性は、優美さとともに少し陰のあるミステリアスな雰囲気を感じるところが魅力的に感じます。
渡邊庄三郎の盟友、伊藤深水
2人めは、伊藤深水です。
伊藤深水は、新版画を牽引した版元・渡邊庄三郎の盟友として、風景画の川瀬巴水とともに知られています。
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展では、関東大震災前の初期の作品が出品されています。
新版画の歴史で重要な作品の1つである《対鏡》(1926(大正5)年)や『新美人十二姿(1922-3(大正11-12)年)も12点すべて鑑賞することができます。
《対鏡》からは、黒髪と紅い襦袢、肌の三色のコントラストと(バレンの跡が意図的に残した)「ざら摺り」から渡邊庄三郎が木版画に抱いた想いを感じることができます。
『新美人十二姿』シリーズからは、何気ない仕草から女性の美しさを表現した魅力的な作品です。
鳥居派8代目、鳥居言人
3人めは、鳥居言人です。
鳥居言人は、浮世絵で有名な鳥居派の8代目ですが、美人画で有名な鏑木清方に師事していました。
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展では、5点の作品が出品されています。
最も有名な作品は、スティーブ・ジョブズのコレクションにもあった
《朝寝髪》(1931(昭和6)年)
です。目の周りのピンク色の肌が印象的です。
当時はあまりに官能的ということで発禁処分になったいわくつきの作品です。
他の作品では《化粧》と《湯気》(ともに1929(昭和4)年)は、ややうつむいた表情に見せる目力が強さが印象的です。
橋口五葉と伊藤深水の作品と比較して、女性の存在感を感じます。
吉田博と川瀬巴水の風景画
新版画といえば、この2人の作品をイメージすることが多いのではないでしょか。
自然を愛した吉田博
吉田博の作品は、自然の風景、特に山景に魅力を感じます。
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展では、吉田博の代表的な作品を鑑賞することができます。
特におすすめな作品は、1926(大正15)年に制作された次の作品です。
- 幻想的な夜明けの一瞬を捉えた『日本アルプス十二題』シリーズの《劍山の朝》
- 海面のきらめきと時間の変化を捉えた『瀬戸内海集』シリーズの《帆船》
吉田博の作品についてはこちらの記事に詳しく書いておりますので、よろしければご覧ください。
旅を愛した川瀬巴水
川瀬巴水は、新版画を牽引した版元・渡邊庄三郎の盟友として、美人画の伊藤深水とともに知られています。
そしてスティーブ・ジョブズが特に愛した新版画の作家でもあり、ジョブズの新版画コレクションの過半数は川瀬巴水の作品です。
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展では、関東大震災前の貴重な作品を中心に楽しむことができます。
「巴水ブルー」ともいわれる藍色のグラデーションと月夜、水辺の表現が印象的な次の作品2点をご紹介します。
1つめは、1919(大正8)年の『旅みやげ第一集 』《陸奥三島川》で、月明かりと夜空のコントラストが印象的です。
2つめは、1930(昭和5)年の《牛堀》です。この作品は、原画と校合摺・試摺も合わせて出品されています。
興味深かったのは、試摺と採用された摺の違いです。
試摺は、全体的に明るい色調で華やかな印象を与えます。いかにも売れそうです。
採用された摺は、シックな色調で原画に近い印象を与えます。
この2つを比較すると、最終決定には川瀬巴水の意向が反映されたことが伺えるので、意思決定が版元・渡邊庄三郎の「トップダウン」ではなかったのかもしれません。
なお藍色といえば、展覧会のチラシのメインビジュアルになっているエリザベス・キース《藍と白(1925(大正14)年も印象的でしたが、ここでは川瀬巴水の藍色のグラデーションの素晴らしさをご紹介してみました。
おわりに
「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展は、エピローグで肉筆画のような版画作品から始まり、試行錯誤の過程とともに新版画が発展していった様子が、関東大震災以前の作品を中心に据えた展示を通じて知ることができます。
また新版画形成には、浮世絵や日本画の日本美術出身の作家、洋画出身の作家、あるいは両方のスキルを持つ作家、そして外国人の作家などバラエティに富む人々が関わっていたことがわかります。
渡邊庄三郎の自負心
渡邊庄三郎が切り開いた新版画ムーブメントに乗り、他の版元が木版画を制作していく様子や、渡邊版と京都画壇を母体とする版元の作品の違いも興味深かったです。
そして、渡邊庄三郎が木版画に抱いた想いを感じることができた資料も展示しています。
参考出品されていた「社窓の雪(日枝神社)」の順序摺には、渡邊庄三郎の序文があります。
その序文中には、渡邊庄三郎の自負心を感じるコメントがあります。
鏑木清方と新版画
今回は美人画が特に印象に残ったせいか、鏑木清方が新版画に果たした影響力についても改めて驚きました。
例えば伊東深水や川瀬巴水を初め、今回の企画展で出品されている鳥居言人、小早川清、山川秀峰は、鏑木清方に師事した作家です。
企画展「新版画 進化系UKIYO-Eの美」は、木版画ならではの素晴らしさと新版画の個性を体験できるおすすめの展覧会です。
新版画は日本でも再評価されており、近年人気が高まっています。
展覧会で鑑賞する機会も増えておりますので、こちらの記事もぜひ参考にしてみてください。
浮世絵関連の記事は、こちらをご覧ください。
この記事が、皆様のお役に立てれば幸いです。