法隆寺金堂の焼損壁画の現状を知るために参加
この記事は、法隆寺シンポジウム「百済観音と聖徳太子のこころ」(2020年2月23日に東京有楽町で開催)を聴講した感想です。
このシンポジウムの主題は、法隆寺金堂の焼損壁画の修復と公開に関する活動報告です。
このため、法隆寺金堂壁画や百済観音の来歴に関心のある私にとっては、興味深い内容を知ることができました。
この記事では、私が特に興味深く感じた次の4つについてお伝えしていきます。
- 壁画はすべて焼けて失われたのではない。損傷しているものの、現在も保存されている。
- 金堂火災の前に撮影された写真や制作された模写が、戦後の「再現壁画」の制作で役立ったこと。
- 百済観音が造仏時から法隆寺に安置されていた説に関する論拠について。
- 2021 年は「聖徳太子没後1400年」の節目の年にあたること。
法隆寺シンポジウムと法隆寺金堂壁画について
法隆寺シンポジウムとは?
法隆寺金堂焼損壁画が公開できるか検討するために、2015 年に「法隆寺金堂壁画保存活用委員会」が立ち上げられました。
その金堂壁画保存活用委員会の活動の一環として、年に一度開催される一般向けのシンポジウムです。
法隆寺シンポジウム(2020年度)の概要
- 会場:東京 有楽町朝日ホール
- 開催日時:2020年2月23日(日)午後1時~午後4時
- 内容:法隆寺金堂壁画保存活用委員会の活動報告、および文化財保護の意義や重要性の啓蒙
- 登壇者(開催日の所属):有賀祥隆氏(東京芸術大学客員教授、法隆寺金堂壁画保存活用委員長)、古谷正覚氏(法隆寺幹事長)、東野治之氏(斑鳩町文化財活用センター長)、瀬谷愛氏(東京国立博物館 保存修復室長)、玉岡かおる氏(作家)
法隆寺金堂壁画とは?
中国敦煌の莫高窟壁画と並ぶ、古代東アジアを代表する仏教絵画です。
一般的には法隆寺金堂外陣の壁画12面を指します。
その中でも第6号壁画は、特に高く評価されております。
しかし 1949(昭和24)年の火災で、その彩色が失われてしまいました。
法隆寺シンポジウムで印象に残った内容
「法隆寺金堂壁画」は「焼失」ではなく「焼損」
表題は作家の玉岡かおる氏がパネル討論で発したコメントです。
「法隆寺金堂壁画」の現状をシンプルに表現していると思いました。
実は、法隆寺金堂壁画が火災で灰になってしまったものと今まで勘違いしておりました。
焼損壁画や関連資料を保管するために、収蔵庫が火災後に建てられ、それらが大切に保管されたことも初めて知りました。
また玉岡氏は、2019年夏に法隆寺で「焼損壁画」を見せてもらったそうです。
「焼損壁画」の持つ力に感動した、とおっしゃっていました。
法隆寺の故大野玄妙前管長が、「焼損壁画」の一般公開を望んだのもそういった背景があったのかもしれません。
戦前の写真と模写から「再現壁画」を制作
冒頭に、東京国立博物館 保存修復室長の瀬谷愛氏から、このシンポジウム開催直前に放映されたテレビ番組『歴史秘話ヒストリア』「法隆寺 1400年の秘密」について言及がありました。
この番組では、1949(昭和24)年の金堂壁画火災とその修復についても扱われています。
その後、「法隆寺金堂焼損壁画」とゆかりのある人々について、次のようなお話がありました。
- 岡倉天心の最後の仕事は「法隆寺金堂焼損壁画」の保存活動だった。
- 壁画を模写した桜井香雲(明治時代)と鈴木空如(明治、大正、昭和時代)
- 便利堂による写真撮影(1935(昭和10)年)とコロタイプ印刷による複製制作(1938(昭和13)年)。これらの資料が歴史的価値を認められて国の重要文化財に指定された。
- 安田靫彦、前田青邨らによる「再現壁画」制作は、焼損前の模写や写真を手がかりに行われた。
そのなかで私が特に印象に残ったのは、鈴木空如が親族の不幸を乗り越えて、模写を3回も行ったという話でした。
その真摯な姿勢は、もはや画力の向上ではなく信仰であると感じました。
そのような鈴木空如の作品をぜひ鑑賞したいと思いました。
観音菩薩立像(百済観音)は造仏当初から法隆寺に安置されていた?
現在わかっている範囲で、観音菩薩立像(以下、百済観音と表記)に関する最も古い記録は江戸時代の写本です。
このため、百済観音は他の寺院から移動してきたという説があります。
これに対して、斑鳩町文化財活用センター長の東野治之氏は、再建された金堂の時代からあったという考え方を示しております。
その理由として、法隆寺の「台帳」から欠落している可能性を指摘しています。
如来像は完全に把握できるのですが、その他の像は合計を記載していたり、一時的に寺の外へ移動したときの記帳がされていないということなのです。
東野氏もこの事実だけでは、百済観音が初めから法隆寺にあったことを裏付けるには不十分であると認識しておりましたが、このような考え方を知ることができて、とても興味深かったです。
いずれにしても、百済観音の来歴は、現時点では謎に包まれているようです。
焼損壁画は2021年(聖徳太子没後 1400年)一般公開か?
今回のシンポジウムの中では、「法隆寺金堂焼損壁画」の一般公開に関する具体的な時期は明言されませんでした。
しかしお話を聞いた範囲では、一般公開に関する技術的なハードルはクリアしているように思えます。
そして、2021年が「聖徳太子没後 1400年」の節目となる年であることを考えると、「法隆寺金堂焼損壁画」一般公開の期待がさらに高まります。
法隆寺金堂壁画保存活用委員会の活動
委員会の組織構成
法隆寺金堂焼損壁画の公開を目標に、2015 年から活動している委員会です。
有賀祥隆氏(東京芸術大学客員教授)を委員長とする4つのワーキンググループで構成されております。
4つのワーキンググループは、
- 壁画(その中に美術史班と材料調査班)
- 建築部材
- 保存環境
- アーカイブ
で構成されています。
最近の主な成果報告
- 金堂壁画などが保存されている収蔵庫の耐震性を評価し、現地での一般公開に問題がない事を報告。
- 第1号壁画を1億5千万画素の高精細デジタル写真で撮影。
参考資料
文化庁 古墳壁画の保存活用に関する検討会(第25回)議事次第
「法隆寺金堂壁画保存活用委員会について」(古墳壁画の保存活用に関する検討会(第25回)参考資料1 2019年3月22日 )(参照日:2020年2月24日)
文化庁の参考資料はこちら
まとめ
多くの人々の努力で守られてきた法隆寺
法隆寺金堂壁画や百済観音が、多くの人々の努力によって、1300年の時を経て私達に引き継がれていることを知りました。
また法隆寺金堂壁画や百済観音は素晴らしい美術品でもありますが、もっと深いレベルで鑑賞するためには、仏教美術が信仰の対象であることをもっと理解する必要があると痛感しました。
新型コロナウイルスに伴う、さまざまな影響が心配ですが、百済観音のご加護によって、早期収束することを祈っております。
オススメ動画のご紹介
シンポジウムの冒頭で言及されたドキュメンタリー番組をご紹介したかったのですが、動画配信サービスでこの番組が配信されていない状況です。
このため、戦後の法隆寺の修理・再建で活躍した宮大工の棟梁・西岡常一を扱ったドキュメンタリー映画『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』をご紹介していきます。
西岡常一氏は、「最後の宮大工棟梁」とも称された人物です。
法隆寺や薬師寺などの復興、寺院建築の技術を後世に伝承するなど、大きな役割を果たしました。
『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』は、西岡常一氏の生涯に追ったドキュメンタリー映画です。
作品中の西岡氏の珠玉の言葉から、西岡氏の思いが伝わり、そこから何かを感じることができるはずです。
そして動画配信サービスのU-NEXTでは、『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』を視聴できます。
なお、こちらに法隆寺に関する記事を書いていますので、よろしければご覧ください。
この記事が、皆様の参考になれば幸いです。
なお本記事でご紹介している情報は、執筆時点のものです。
特典や配信状況を含む最新の情報は、各サービス提供業者様のウェブサイトにてご確認ください。