【おすすめ本】『知略の本質』 – 逆転勝利できる組織とは?

書評

この記事では、野中郁次郎氏らの著作『知略の本質』から、「逆転勝利」を呼び込む組織とリーダーシップについて、気になったところをご紹介していきます。

『知略の本質』

『知略の本質』は、『失敗の本質』から始まる、「本質シリーズ」の最終巻です。
『失敗の本質』は、旧日本軍組織の失敗を分析した名著です。

『失敗の本質』

『知略の本質』では、独ソ戦、英独戦、ベトナム独立戦争、アメリカの対イラク戦争を通じて、国家のリーダーや組織のあるべき姿を探っています。

はじめに

劣勢を挽回する3要素

この本は、劣勢を逆転し、逆転勝利を掴んだ要因を次のように分析しています。

  • 泥沼の長期戦に持ち込んで相手の勢いが止まるのを待つ
  • 間違いを認め、修正できる組織
  • 目的を共有している組織

これだけだと、対戦型のスポーツでもよく聞く話です。

劣勢を挽回・逆転できる組織力とは?

この本のオリジナリティは、巨大組織が機能するために必要な条件を分析し、提示しているところです。

戦争は、国家の存亡をかけた一大プロジェクトでもあります。
戦争では、多くの人々やお金、物資、情報が動きます。

野中氏ら執筆陣は、ケーススターディとして独ソ戦、英独戦、ベトナム独立戦争を取り上げます。
それぞれの戦いを分析して、組織運営に必要な要素を抽出します。
その分析結果を基に、「知略のモデル」を提示しています。

提示された「知略のモデル」から、柔軟性、修正力のある組織とリーダに必要な条件を知ることができます。

この記事では、

  • 勝敗を分けた原因・要素
  • 柔軟性と修正力がある組織

について、私のアンテナに引っかかったところを書いていきます。

執筆陣の課題設定と前提条件

執筆陣は、戦略はもともと軍事の分野で実践されてきたことに着目します。

戦略は、軍事からスポーツ、ゲームなど、幅広い場面で耳にします。
しかし、本来の実践分野である軍事を分析するのが、戦略を理解するための第一歩であると考えます。

執筆陣は、戦略の本質を洞察し理解するためには、まず軍事から学ぶことが大事だと考えます。

ケーススターディは独ソ戦、英独戦、ベトナム独立戦争

執筆陣は、ケーススタディに下記の事例を選びます。

  • 第二次世界大戦の独ソ戦:モスクワ攻防戦とスターリングラードの戦い
  • 第二次世界大戦の英独戦:バトルオブブリテンと大西洋の戦い
  • 北ベトナムの第一次インドシナ戦争及びベトナム戦争
  • アメリカのイラク戦争及び対反乱軍(COIN)作戦

なぜ日本の事例がないのか?

まず私が気になったことは、
「なぜ日本の事例が含まれていないのか?」
というところでした。

執筆陣は、その理由を本書の冒頭でこのように語っております。

実は、日本のケースも取り上げたかったが、第二次世界大戦における日本の戦いに、逆転はなかった。

出典:野中郁次郎他『知略の本質』(日本経済新聞出版社、2019年)  5頁

日本軍は、第二次世界大戦で劣勢を挽回し、逆転勝ちできなかったのがその理由だそうです。

ちなみに、第二次世界大戦における日本軍の組織的な失敗事例は、『失敗の本質』で扱っています。

失敗の本質 日本軍の組織論的研究 中公文庫 / 戸部良一 【文庫】
『失敗の本質』で指摘されている内容は、現在の課題にも通じるところがあるので、こちらもおすすめの本です。

ケーススタディ

ここでは、私が本書を読んで「逆転できる組織」のモデル化に関わりが深いと考えた、独ソ戦、英独戦、対ベトナム戦について記述します。

事例1:独ソ戦

独ソ戦は 1941〜1945年のドイツとソビエト連邦との戦いです。
執筆陣は、劣勢だったソビエト連邦(以下ソ連)がドイツに逆転できた要因を分析します。

ヒトラーとスターリンの差

国家元首であり、軍の最高総司令官であるヒトラーとスターリンを比較します。
両者ともに凡庸で、優劣はなかったと評価しています。

勝敗のポイントは、ソ連が緒戦の大損害から学んだからであると指摘しています。

そのきっかけは、スターリンの変化です。

スターリンは、参謀の意見に耳を傾けるようになります。

スターリンは作戦の細部に干渉するのを改めます。
参謀に立案を任せ、作戦の支援役に回ります。

組織トップの変化は、ソ連軍が「チーム」として機能するきっかけになります。

一方のヒトラーは、最後まで作戦の細部に干渉し、自らの失敗の責任を部下に押し付けます。

さらに部下の評価は、を能力や結果よりヒトラーへの忠誠心が重んじられました。

それは、ドイツ軍の参謀のモチベーションを低下させます。
「イエスマン」で固められた組織は、健全性を失い、敗北へ向かいます。

ソ連の粘り勝ちは修正力にあり

スターリンの態度の変化は、組織に「風通しの良さ」を作り、正しい情報が伝わり、的確な意思決定ができる環境が整います。

モスクワ攻防戦では、ドイツ軍が鉄道網を破壊しなかった幸運にも恵まれ、劣勢に耐えぬきます。

緒戦の失敗に学んだソ連軍は、相手の出方から戦略と戦術を進化させる修正力を身につけます。

スターリングラードの戦いでは、劣勢に耐え、時間稼ぎをしている最中に、ついに有効な戦術を見出します。

それは市街地でした。
接近戦となる市街戦は、兵力より地の利が、より重要な要素です。

このような状況は、弱者のソ連軍に有利に働きます。

ソ連軍は、消耗戦に持ち込みつつ、機動戦も仕掛け、戦場に適応した戦いを進め、ドイツ軍を追い込みます。
スターリングラードの戦いの勝利は、独ソ戦の決定的なターニングポイントになります。

独ソ戦についてさらに学びを深めたい方は、こちらの本もおすすめです。

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事例2:英独戦

英独戦は 1940〜1943年のイギリスとドイツの戦いです。
執筆陣は、劣勢だったイギリスが逆転できた要因を分析します。

チャーチルのリーダーシップ

イギリス首相のチャーチルは、事態打開には、アメリカの支援と参戦が必要不可欠と考えてます。
少なくとも、アメリカ参戦までは、持ちこたえる必要がありました。

チャーチルのリーダーシップには、2つの特徴があります。
1つめは戦争継続への強い決意を示したこと、2つめは部下を信頼したことです。

チャーチルは、ナチスドイツとの戦いは、世界の文明と自由のためと訴え、国民の共感と支持を得ることに成功します。

チャーチルは権限を委譲して、部下に実務を一任します。また、部下が進言しやすい状況を作ります。
ただし、部下の仕事ぶりと成果を細かくチェックすることは忘れませんでした。

実行力のある組織

チャーチルは、有能だが気難しい部下も使いこなしました。
空軍のヒュー・ダウディング、海軍のマックス・ホートンの起用です。

ダウディングは、バトル・オブ・ブリテンで防空システムを構築し、イギリス最大の危機を切り抜けた立役者となります。

ホートンは、大西洋の戦いで、対潜水艦戦で活躍します。
作戦の目的が輸送船を護衛であることを理解し、戦いを通じて U ボートを沈める攻撃力を高めていきます。

イギリス軍の作戦の目的は、トップから実行部隊まで共通認識がありました。

このため、作戦立案から技術革新とその運用が一体的に行われ、改善を積み重ねることができました。

チャーチルのリーダーシップをさらに知りたい方は、こちらの本もおすすめです。

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事例3:ベトナム独立・統一

ベトナム独立・統一は、1946〜1975年にかけて起こったフランスとアメリカとの戦いです。

ベトナム独立・統一達成に、2つの段階があります。

第1ラウンドは、フランス(およびアメリカの支援)との第一次インドシナ戦争です。
第2ラウンドは、アメリカとのベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)です。

執筆陣は、物量と戦力に劣るホー・チ・ミンらが、ベトナム独立・統一を勝ち取った要因を分析します。

間違いを認め、修正できる組織

第一次インドシナ戦争の勝敗を決定づけた戦いに、ディエンビエンフーの戦い(1954年3月〜5月)があります。

ホー・チ・ミンとベトナム労働党幹部は、ディエンビエンフーを決戦の場所として、1954年1月に総攻撃を決定していました。

しかし作戦総司令官ボー・グエン・ザップは、現地偵察の結果、準備不足を痛感し、作戦実行延期を進言します。
それは最高意思決定機関が決定した、短期決戦の計画の再検討を迫るものでした。

ホー・チ・ミンは、その進言を受け入れ、攻撃開始直前に延期されます。

その後、ボー・グエン・ザップは、周到な準備で、決定的な勝利をおさめます。

夢を語ったホーおじさん、夢を信じた支持者

アメリカとのベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)は、1960年の南ベトナム解放民族戦線結成から、1975 年の南ベトナム政府崩壊までの戦いです。
(なお、ベトナム戦争の開戦と集結時期は諸説あります。本ブログでは上記の定義を使用します)

アメリカ軍にとっては、「勝負に勝って試合に負けた」戦いでした。
それは、ホー・チ・ミンが西洋人の常識を超える相手だったからです。

ホー・チ・ミンは、どんな犠牲を払っても独立を勝ち取るという、西洋人の論理を超えた強い意志を持っていました。

アメリカは、ベトナム戦争の目的を十分理解していなかったことが敗因の一つにあります。

ホー・チ・ミンらにとってのベトナム戦争は民族闘争だったのです。

ベトナム戦争で消耗戦を強いられたアメリカ軍は、まるで日本軍の中国での失敗を見ているようです。

独ソ戦、英独戦は「ヤンキーの縄張り争い」であるのに対して、ベトナム独立・統一の戦いは、「いじめられっ子の反撃」だったのです。

ちなみに、第二次世界大戦やベトナム戦争などを動画で学びたい方に、ぴったりなコンテンツがあります。
「NHKスペシャル」で放映された『映像の世紀』というドキュメンタリー番組です。

『映像の世紀』は、動画配信サービスかDVD・ブルーレイで視聴することができます。

そして動画配信サービスのU-NEXTでは、『映像の世紀』シリーズ3部作を視聴できます。

『映像の世紀』については、こちらの記事にまとめてあります。
もしよろしければ、こちらもご覧下さい。

感想_映像の世紀_記録映像が語る20世紀世界_近現代史の学習におすすめ

【感想】『映像の世紀』新旧3部作を比較:近現代史学習にオススメ

総括

執筆陣は、これらの事例から逆転できるリーダーと組織を次のようにモデル化しました。

組織のモデル化

不完全で矛盾した状況では、柔軟性が求められるため、バランス感覚が必要だと主張します。
試行錯誤の中で、最適解を得るための組織的な知識創造プロセスとして、野中氏らがナレッジ・マネージメントの研究で構造化した、SECI モデルの適用を提唱しています。

SECI モデルの適用により、「良いとこ取り」を目指すということです。

ナレッジ・マネージメント(Knowledge Management)とは?

ナレッジ・マネージメント(Knowledge Management)とは、個人の知識やノウハウを組織に集結、共有して、効率を高めたり価値を生み出すことです。
「学習する組織」づくりには必須となる考え方です。

ナレッジ・マネージメントについての理解を深めたい方は、こちらの本が参考になります。

リーダーのモデル化

執筆陣は、スターリン、チャーチル、ホー・チ・ミンの事例から6つの共通項を見出します。
6つの能力を、正しい目標と手段を設定して行動するための「実践知」として定義しています。

その中で、最も興味深かったのは、「物語りを実現する政治力」という要素です。

政治家ではありませんが、アップルのスティーブ・ジョブズやテスラのイーロン・マスクを思い起こさせます。
2人とも、一見実現不可能なことでも実現可能に思わせる能力があります。

6つの共通項は、いずれも感情とも結びつくので、このような人材を養成するのは難しいようにも感じました。

その他の5つの要素も興味深いです。
ぜひ本書を読んで確認してみてください。

また野中氏の最新刊のキーワードが、「共感」というのが、興味深いです。

まとめ

逆転できた組織の共通項には、次の3つの要素があります。

  • 凡ミスが少ない
  • 決定的なミスをしない
  • 間違いを修正する

不十分な情報に加え、矛盾する情報が入り乱れる状況では、想定していない事態が発生します。
そのような状況では凡ミスは避けられません。
しかし、それは相手も同じです。

凡ミスを大事な場面でしないためにはどうすればよいかを考えます。
それには、あらかじめリスク管理を行い、組織内で情報共有をすることで、その確率を下げることができます。

不確実な状況では、柔軟性が必要です。
柔軟性には、間違いを修正が必要です。

それには、「今何が起きているか?」ということを正確なフィードバックできる組織と、間違いを認める勇気が必要です。

正しい戦略に、学習できる組織あり

戦いには相手がいます。
勝利を呼び込むには、相手の出方を見て対応を進化させる必要があります。

それには、状況の変化を察知して、修正できることが必要です。
そして、隠し持っている「カード」を切るタイミングも重要です。

逆転勝利には、適切な戦略を立案・実行、修正できる学習能力のある組織が必要になります。

最後に

『知略の本質』で提示されている結論は、『失敗の本質』よりも抽象度が高いです。

ナレッジ・マネージメントの概要を、ご紹介した参考図書やネットで目を通してから、『知略の本質』を読むのがおすすめです。

『知識創造企業』
『共感経営 「物語り戦略」で輝く現場』
『失敗の本質』

執筆陣のメッセージを、さらに深く理解するのに役立ちます。

この記事が、皆様の参考になれば幸いです。

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